ビール時報

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クラフトビールの定義は果たして必要なのか?

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「クラフトビールの定義」なんて話にうんざりしている私です。

 

最近は少し落ち着いた感じもありますが、2、3年前くらいは「クラフトビールとは何か」「クラフトビールの定義とは」なんて話が一部で盛り上がっていた感じがありました。たまに今でも聞きますけどね。

 

私の意見としては、結論から言いますと、クラフトビールの定義なんて考えている時間が無駄ですし、むしろクラフトビールという言葉はなくなってしまっていいと思っています。

 

今日もこんな質問が届きましたので、私の意見をこの機会にまとめておきましょう。

 

ちなみに、『教養としてのビール』にも少し書いています。

教養としてのビール 知的遊戯として楽しむためのガイドブック (サイエンス・アイ新書)

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クラフトビールという言葉は誰が使い始めたのか

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まずここですね。基本的には、最初に言い出した人の言っていることが正解だと思っています。

 

最初に言い出したっぽい人は、米国ホームブルワーズ協会会長チャーリー・パパジアン。その話は『クラフトビール革命』という本に書かれています。クラフトブルワリーの定義については、

ブルワーの手作業と技術によってビールづくりを行うすべてのブルワリー。

としているのです。この用語が世の中に出た当初は、ブルワリーの規模について言及していなかったようですが、ほどなく年間生産量600万バレル未満のブルワリーと規定されるようになりました。

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規定しているのはブルワーズ・アソシエーション

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上記で「年間生産量600万バレル未満のブルワリーと規定されるようになりました」とあっさり書きましたが、その主体は誰でしょうか。

 

アメリカのブルワーズ・アソシエーションです。

 

といっても、パパジアンはブルワーズ・アソシエーションの会長でもあったので、パパジアンの考えと言ってもいいかもしれません。が、これをきっかけにアメリカではクラフトブルワリーの定義が確立されていきました。

 

よく言われているのは、

  • 小規模:年間生産量600万バレル未満
  • 独立性:クラフトブルワリー以外の資本が入っていないこと
  • 伝統的:主力商品が麦芽100%など

の3点(かなり端折ってますのでご注意を)なんですが、実は2018年12月にその定義がまた変わりました。

 

「伝統的」が抜けて、「醸造家」という定義に。クラフトブルワリーの定義に「醸造家」ってなんだか違和感ありますね。これはアメリカ政府の許可を受けている「醸造家」かどうか、ということです。

 

アメリカでもクラフトビールは定義されていない

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さて、ここまでアメリカの事情について書いてきましたが、ここまでの文章をよく読んで考えてみましょう。

 

アメリカのブルワーズ・アソシエーションで定義されているのは、クラフトブルワリーであってクラフトビールではありません

 

ではクラフトビールの定義は、ということになりますが、どうやら定義されていないようなのです。クラフトブルワリーが造るビール、とでも言えるかもしれませんが、それは定義ではありません。

 

なので、現状としては、クラフトビールという言葉の発祥はアメリカであるけれども、クラフトビールについて定義はされていない、と言えるかと思います。

 

日本でクラフトビールを定義しているのは1団体だけ

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日本ではどうでしょうか。

 

実は、全国地ビール醸造者協議会(JBA)というところが、2018年5月にクラフトビールを定義しました。引用しましょう。

1.酒税法改正(1994年4月)以前から造られている大資本の大量生産のビールからは独立したビール造りを行っている。
2.1回の仕込単位(麦汁の製造量)が20キロリットル以下の小規模な仕込みで行い、ブルワー(醸造者)が目の届く製造を行っている。
3.伝統的な製法で製造しているか、あるいは地域の特産品などを原料とした個性あふれるビールを製造している。そして地域に根付いている。

全国地ビール醸造者協議会ウェブサイトより

つまりは、簡単に言うと大手ビール会社以外のブルワリーということでしょう。例えば、キリンビールの子会社であるスプリングバレーブルワリーや、アサヒビールの子会社である東京隅田川ブルーイングが造るビールは、クラフトビールではないということになります。

 

さらに言えば、よなよなエールなどで知られるヤッホーブルーイングも、キリンビールの資本が入っているので、よなよなエールはクラフトビールではないということです(実際に全国地ビール醸造者協議会にヤッホーブルーイングは入っていません)。

 

でも、よなよなエールの缶には「クラフトビール」と書かれていますね。

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さて、何が正しいのでしょうか。クラフトビールとは何なのでしょうか。クラフトビールという言葉を定義する必要はあるのでしょうか。

 

クラフトビールの定義は必要ない

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最後に、上記『クラフトビール革命』という本からもうひとつ引用しておきましょう。パパジアンがクラフトブルワリーという言葉を使うようにした理由について語った部分です。

業界における我々のポジションを明確にする名称が存在すれば、我々を世に知らしめることにもなる。だからこそ名称は必要なのだ。

そのとおりだと思います。まだ概念がはっきりしていなくて、それを広めていきたいときにはその概念を表した新しい言葉が必要になります。それがクラフトブルワリーという言葉だったということです。

 

アメリカでは、1980年台に大量生産のビールに対してのアンチテーゼとしてクラフトビールが生まれたたという経緯があります。クラフトビール、クラフトブルワリーとは、大手ビールとは違うということを打ち出すために必要だった言葉なのです。

 

では、今の日本で「クラフトビール」という言葉の定義は必要でしょうか。大手ビール会社が大量生産ではないクオリティの高い少量生産ビールを造っている現在、それをクラフトビールではないと排除すべきでしょうか。よなよなエールをクラフトビールではない、と言うべきでしょうか。

 

現状すぐにというわけにはいかないでしょうが、私としてはクラフトビールという言葉はなくなればいいと思っています。ビールはビール。ブルワリーの規模に関わらず、そのビールのスタイルで区別すればいいと思うのですが、いかがでしょうか。

 

クラフトビールという言葉の便利さも理解してはいますし、自分でも仕方なく使う場面もあります。でも、いつかなくなってほしい。クラフトビールという言葉を使わなくても、ビールの魅力は伝えられるんじゃないかと考えています。

 

私からは以上です。本日はありがとうございました。 

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