ビール時報

富江弘幸(ビールライター)公式サイト

はたして10年後、ビールは多極化するのか

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朝令暮改な私です。

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今朝チェックしていた記事に、ちょっと気になる内容がありました。それについてツイートしたのがこちら。

140字という制限があるので、この程度しかツイートしませんでしたが、自分の考えをまとめる意味でも、どんなところが気になったのかをしっかり書いておいたほうがいいかなと思って、いまこのエントリを書いています。ということで、今回はちょっと長めに。

さて、上のリンク記事にある「大手ビール4社の新ブランド投入が今年はゼロな理由」というタイトルの答えは、もちろんこの記事の中に書いてあります。つまりこういうことだと。

2026年にビール類の酒税が一本化されることになるので、それを見越して、

かつてない大転換となるために、ビール各社は今年度、主力商品への資源集中を決めたのです。

(略)

新しいブランドを立ち上げ育てるためには何年も時間がかかるので、10年後には消えてしまうかもしれない発泡酒第三のビールにおいて新ブランドを立ち上げる意味がほぼなくなったのです。

ということだそうです。

ビールは二極化するのか? それとも…

言いたいことはわかりますが、やや説得力に欠けます。発泡酒や新ジャンルで新ブランドを立ち上げないということは理解できるのですが(おそらく消えてしまうだろうと思うので)、ではビールの新ブランドを立ち上げないのはなぜ? という疑問が湧きますよね。

新しいブランドを立ち上げ育てるには時間がかかるということであれば、2026年を目指したビールの新しいブランドをまさにいま立ち上げるべきではないか? とも思います。

では、ビールで新しいブランドを立ち上げないのはなぜなのか。

新しいビールブランドを立ち上げない理由

まあ、関係各所から秘密の情報を手に入れているわけではなく、報道や自分が見聞きしたことからの想像でしかないのですが、一番大きな理由はビールの定義見直しがあるからだと考えています。

現在のビールは、麦芽を原材料の67%以上使用していることが大前提で、副原料は米やトウモロコシなど限定されたものしか使えません。ベルギービールでよく使われるオレンジピールコリアンダーが入っていると、麦芽が67%以上であっても発泡酒扱いになります。

発泡酒扱いであっても税率が低ければいいのですが、この場合の発泡酒の税率はビールと同じ。発泡酒には税率が2種類あるのです。ベルギービールのブランドの中には、現地ではれっきとしたビールであるにも関わらず、日本では発泡酒のレッテルを貼られ、しかも税率が高いという不当な扱いを受けています。

それらを是正するために、酒税改正にあたって、ビールの定義見直しもされることになりました。麦芽比率は50%以上に引き下げ、副原料の範囲もオレンジピールなどが使えるように広げることになります。

つまり、ビールの製法の幅が広がったということで、造れる味の幅も広がったということです。なので、大手各社は2026年を目指してどんな味わいに狙いを定めたらいいか、探っている状態なのではないでしょうか。

大手4社の中でいま一番動いているのは…

その探りは早ければ早い方がいいでしょう。なんでもそうですが、動きが早ければ、手付かずの分野でイニシアチブを取れる確率が高くなります。

では、その動きが一番早いのはどこか。

おそらくキリンです。

上記ツイートの記事では、まとめに「ビール市場は10年かけて二極化する」とあります。その二極とは「アサヒ スーパードライ」などの通常のビールと、「ザ・プレミアム・モルツ」などのプレミアムビールです。

この見解にも疑問を持っています。二極化ではなく多極化すると考えています。

つまり、通常のビールとプレミアムビールということではなく、これまでのような大手のピルスナーに加え、IPAやスタウト、ベルジャンホワイト、ヴァイツェンといった選択肢が広がる市場になると思うのです。

いまや選択肢が豊富な時代です。お酒もビール以外に豊富な選択肢があります。多彩な味わいの「クラフトビール」が伸びてきている現在(クラフトビールという言葉は嫌いですが)、ビールだけが二極化する理由はありません。

それを目指して本腰を入れて動いているのが、キリンではないかと思うのです。

キリンの動きは明らかに多様化を目指している

キリンのここ数年の動きを見ていると、味わいの多様化、自分の言葉で言うと「ビールの多極化」を目指しているようにしか思えません。他3社よりもそれを目指しているというメッセージが伝わってきます。

では、どんな動きをしているのか見てみましょう。主に4つあります。

1.2015年にスプリングバレーブルワリーをオープン

ごく簡単に言うと、大手がクラフトビールを造ったということでしょう。ですが、大手がクラフトビール的なものを造っているのは何もキリンだけではありません。アサヒはずいぶん昔から隅田川ブルーイングでヴァイツェンなどを造っていますし、サッポロの「クラフト ラベル」、サントリーの「クラフトセレクト」があります。

それらとキリンの何が違うのかというと、本気度です。本気度はどこから推し量れるかというとブランディングです。6種類の定番ビールに加え、限定ビールの提供、そしてインフューザーを使ってビールの味を変えてみたり、鮨フェスやフレッシュホップフェストなどの新しいビールの楽しみ方を提案したり。

それらを一過性のものとせずに継続していく意思が見えます。スプリングバレーブルワリーでは、ビールの多様性や新しい楽しみ方を提案する、という意思がはっきりと見えるのです。

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2.グランドキリンのリニューアル

スプリングバレーブルワリーのように子会社で新しいビールを造るのではなく、キリンビールとして多彩な味わいを提案しているのがグランドキリン。これをリニューアルして、3月28日から「グランドキリン JPL(ジャパン・ペールラガー)」と「グランドキリン IPA(インディア・ペールエール)」の通年2種類の販売になります。

自分が注目したいのは、IPAではなく「ジャパン・ペールラガー」のほう。

以前、スプリングバレーブルワリーのシニアマスターブリュワーである田山智広氏に話を聞いたことがあるのですが、その際に「国産ホップのスター品種を育て、そのホップでないと造れないスタイルを」といった趣旨のことを話していました(その時の記事はこちら)。

で、このジャパン・ペールラガー」は、キリンが育種した「IBUKI」という品種を使っていて、それを使ったビールに「ジャパン」を付けているのです。

つまり、カスケードに代表されるアメリカンホップによってアメリカンペールエールが確立されたように、「IBUKI」を代表とするジャパニーズホップによって新しいビアスタイルを造ることを目指しているように思うのです。

3.ヤッホーブルーイングとの提携

こちらは2014年になりますが、クラフトビール醸造所としては最大手のヤッホーブルーイングと提携しました。提携して何をしているかというのはいろいろあるようなのですが、最近注目しているのは「Tap Marché(タップ・マルシェ)」。

4種類のビールを3リットルの小型容器で提供できるというディスペンサー。多彩なビールを展開したいと考えている飲食店が、簡単に設置できるものです。

このディスペンサーで使用できるブランドに、ヤッホーブルーイングが入っています。もちろん、グランドキリンもスプリングバレーブルワリーのビールも対応しています。

4.ブルックリン・ブルワリーとの提携

最後は、アメリカの超メジャーなクラフトビールブランド、ブルックリンブルワリーとの提携です。日本経済新聞2016年10月12日の記事から引用します。

来春(※2017年。筆者注)にもキリンの工場で生産した主力の「ブルックリンラガー」の販売を始めるほか、ブルックリンのほかのブランドのビールも独占輸入する。飲食店の展開も検討する。

というように、日米のメジャーなクラフトビールブランドと提携することで、多様化・多極化するビール市場に向けて足元を固めている感じがあります。

ちなみに、ブルックリン・ブルワリーのビールも上記タップマルシェでも取り扱い可能です。もうこれだけでちょっとしたビアバーができますよね。こんなビアバーがあったら行ってみたい。

はたして10年後、本当にビールは多極化するのか

こう見ていくと、他の大手3社に比べて、キリンビールが一歩どころか数歩先を行っているようにしか思えません。大手のキリンがこうやって動いていくと、一般消費者にもビアスタイルの多様性が認知されるようになり、10年後にはビール業界も多極化していくのでは、と思わされます。

が、先ほど引用した日本経済新聞2016年10月12日の記事では、キリンビール社長がはっきりとこう言っています。

足元では、日本のビール市場全体のうちクラフトビールのシェアは1%程度にとどまる。布施社長は「クラフト市場の成長をけん引し、2021年には3%まで拡大させる」と話した。

うーむ。ということで、多極化の方向には向かっているようだけれども、5年後に3%ということでは10年後に多極化というレベルまではいかないか? と思ったりして、このエントリ冒頭にある自分の見解を否定してしまいそうになります。

が、まあ希望的観測も含めて、多極化するということに自分も一役買うことができればと思ったりもします。そして今日も、自分はまたビールを飲むわけです。